学校教育で思うこと

 最近読んだ本に書いてあったので、ぼくの時代のぼくの場合は如何だったかを振り返ってみたいなあと思いました。

 …まあぼくが通ったのが受験に注力した学校でなく、最終学歴の専門学校も誰でも入れるようなところで学力が権力になる環境ではなかったというのが大前提ですが、学校教育は社会の縮図としてとても勉強になったと思います。

 学力や部活も含めた運動や芸術なんかも評価され、運動部だったので腕っ節では絶対勝てないおっかない先輩なんかもいて、学校から規律も求められ、ちょっと頭のおかしな教師や、非合理的な学校文化もあり、時には人前で叱られたりする環境で、スクールカーストみたいな大人以上に自意識の強い周りからの視線の中での人間関係は本当に苦労したし、好きだった女の子にもふられたりするし、社会人になった後の方が人生チョロいなと思うくらい色々しんどかったです…愚痴なげぇな。

 そんなしんどい学生時代からぼくが一番学んだのは「自分に向いてないこと」を知ることでした。
 出来ないこと、許容出来ないこと、人と競っても勝てないこと…みたいな向いてないことがはっきりと見えたのは大きいです。
 学校というのは不向きなことを矯正する場であるみたいに考える意見もありますが、個人的には自分が向いてないことに間違って突っ走らないように、競争の淘汰によって自分を知る場であると感じています。

 勉強したり訓練したり自分を躾けることで、昔出来なかったことが出来るようになることも、教育の楽しい部分だったりもするし、その結果自分に向いていることを見つけるなんてこともありますが、色々なことをまんべんなく求める(当時の)学校カリキュラムは、苦手を知るということに向いていると感じます。
 その善し悪しについては色々語られていますが、社会の縮図として、向いてないことを知るとか、あわない人種や思想を知る、異端である居心地の悪さや生きづらさを知るための場と割り切れば、ものすごく為になると思います。

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