機会費用を家庭の家族に持ち込んだ時のややこしさ

 定期的に見かける、
 安い商品求めて遠くのスーパーマーケットまで買いに行くのを好む奥さんに対して旦那さんがそんな節約時給に換算すると無駄、みたいな話をしちゃってもめる
…っていうエピソードですがこれは結構ややこしいです。

 機会費用(時間の使用・消費の有益性・効率性にまつわる経済学上の概念であり、複数ある選択肢の内、同一期間中に最大利益を生む選択肢とそれ以外の選択肢との利益の差のこと。)の、うんちく話程度にしたり、自分自身の行動に覚悟を持たせる意味では良いのかも知れませんが、労働と余暇と趣味が入り交じる家庭に持ち込むと、ややこしいことになりがちです。

 たとえば奥さんが家事を行う時間を労働と考えると、そこに時給換算的な機会費用を持ち込むのはギリギリわかるかなと思います。
…まあ、仕事(買い物)の担当者(奥さん)の裁量に旦那さんが口出しをしているのは上司的振る舞いなので、対等な関係である夫婦間で言うのはきわどいですが。

 そして、家庭内では家事以外の余暇だったり趣味を過ごす時間があり、奥さんは夫婦の共有財産からその時間を過ごすのに必要なお金を使うのが一般的です。
 よく聞く笑い話の奥さんが旦那さんの昼食代よりも高価な昼食を友人達と食べているとか、趣味が課金ゲームだったりパチンコなどギャンブルといったお金のかかるものだったりすると、ここの支出はバカになりません。
 もしも奥さんにとって「安い商品求めて遠くのスーパーマーケットまで買いに行く」が余暇や趣味を過ごす時間で行われているなら、買い物自体が数円の節約だったとしても、上記のような例と比較すると浮いた金額はバカにならないはずです。

 そんな自分の余暇と趣味の時間と支出を削って節約をしてくれている、さらには趣味が節約とまで考えてくれているなら、そんな奥さんは旦那の立場からみれば物凄くありがたいので、素直にありがとうと言っておけば良いと思います。

 で、めでたし、めでたし、かというとこの話の最後のややこしいところ。
どうも自主的、趣味的にやっている節約がいつの間にか奥さんのストレスになっていて、旦那さんがそれを見落として配慮を欠いたまま、適当なありがとうを言い続けているとある日悪いこと?がおこるので注意が必要なのだそうな。
…いやはや、本当にややこしい。