Amazon Prime Videoで観た、「落下の解剖学」が面白かったです。
この作品は、2023年5月21日に第76回カンヌ国際映画祭でワールドプレミア上映され、パルム・ドールとパルム・ドッグ賞を受賞したそうな。
落下の解剖学が面白かったです(ネタバレあり
サスペンス(ミステリー)法廷劇なのだけれど
公式サイトに描かれているあらすじは下記の通りで、サスペンス(ミステリー)法廷劇を期待するような印象を受けます。
ただ、見始めて直ぐにトリックや巧みな偽証を楽しむミステリーではなく、下世話でドロドロした人間関係がメインと感じるようになります。
事件の真相に関しては、最後まで描かれることはないです。
ただ、裁判では、視覚障がいのある11歳の息子ダニエルの証言の影響もあり、妻サンドラが無罪となっています。
ザンドラ・ヒュラーの演じる妻サンドラの夫は絶対に嫌だ
ぼくが男でパワフルな妻?を持つ身としては、夫サミュエルに感情移入しやすく「解るわぁ!」となり、その視点からだと最高に面白いです。
夫視点で考えると、解釈の余地のある事件の真相は、息子ダニエルが想像し証言した通り、夫サミュエルの自殺であると感じました。
夫婦のあり方は様々であると思う一方、夫の境遇に対して同情を覚える点が多く、妻サンドラの傲慢さや無関心・無神経さがサミュエルを自殺に追い詰めたと感じました。
ザンドラ・ヒュラーの演じる妻サンドラは、抜けたように振る舞いつつ狡猾で頭が良く、人が良さそうに見え冷酷で無関心というのらりくらりと良いポジションを奪って相手をジワジワ追い詰める人格で、華の無い風貌も相まって夫の屈辱感を徹底的に煽る、強烈に嫌なキャラクターです。
妻がパワフル故に夫婦仲が上手く行かない描写は「プラダを着た悪魔」で、メリル・ストリープが演じる『ランウェイ』の編集長ミランダ・プリーストリーと彼女の夫の関係が印象的(主人公アンドレア・サックスが最後に選ぶ人生の真逆の象徴)で、そちらを先に観ると事情が分かりやすかったです。
ただ、ミランダは浮世離れした魅力が描かれていましたが、サンドラは生々しい嫌な部分が丁寧に描かれている分、より夫にとって辛い要素に満たされています。
ヒモで良いじゃんと言い切る図太さ
とはいえ、夫の言い分やあり方に対しては、ある種の自省を込めて「あれは良くない」とも感じます。
…というか夫婦関係の中で時折よぎるも飲み込む愚痴を、サミュエル・タイス演じる夫サミュエルが、最高にストレートで情けなく感情的に語ってくれるシーンは、自身の愚痴が如何に滑稽であるかに気付かせてくれます。
そういう意味で、彼の演技は、ザンドラ・ヒュラー以上に素晴らしく感じました。
作中では息子の障害や夫の精神疾患など複雑な事情もあり簡単では無いですが、男が直面しがちな、個人の尊厳や誇り、家族という群れでの地位へのこだわりに思い詰め自殺してしまうくらいなら、開き直ってベストセラー女流作家を主夫として支えるとか、なんならヒモをやってるぜ!と言い切る図太い視点が大事かも…などと思いました。
どちらが正しいのか
事件の真相は明かされず、客観的にはどっちもどっちというよくある夫婦の話ですが、作中では裁判の結果同様に妻サンドラが正しいと描いていると感じました。
それは、夫婦双方の本音を交えた主張を聞いた息子ダニエルが、「何が真実がわからない時は、心で真実を決めるしかない」として、母親を受け入れたという結末に象徴されており、夫もある種その結末を望んでいるように感じました。
…ただ、作中で描かれるサンドラを観ていると、ダニエルもまたサミュエルと同じように追い詰められる未来がちらついてしまいます。
サンドラ視点で男が観ると
男が夫側の視点で観ると、心は痛むも最高に面白いですが、妻であるサンドラ視点を男に置き換えて観ると、ありがちで都合が良すぎる物語と感じてしまいます。
例えば、登場人物の男女を入れ替えると、以下の様になるかなと。
仕事に没頭し無神経で横暴で不倫をした夫に絶望した妻が自殺するも、状況から夫の殺害が疑われる。
法廷闘争の中、第一発見者となった娘が、妻(母)の追い詰められた精神状態を証言することで夫(父)の無罪を後押しする。
美人弁護士によって勝訴を勝ち取り、夫は彼女とちょっと良い感じになる。
夫が帰宅すると娘が受け入れてくれてる。
…これだとシチュエーションはありがちで結末も都合が良すぎると感じます。
意外性と罪と罰のバランスを取るため、裁判では夫の無罪が認められるも娘は父親を拒絶するなどの展開を入れるところですが、男女が逆転した今作では、この展開が非常に新鮮で楽しめます。
今後女性の活躍が一般的になると今作は上記のようにありがちで都合の良いという印象を覚えるようになりそう…という意味でも今だからこそ楽しめる現代を切り抜いた作品であり、今観るのがお勧めの作品と感じました。