白虎隊と現代の少年兵

 八重の桜の記事を書いた後にざーっと「白虎隊」と「少年兵」について調べてみたら、時代や立場によって語られ方が随分と違うらしいです。
 飯盛山には白虎隊員や戊辰戦争時に自刃した武家女性や討ち死にした約200名の女性の霊が眠っていますが、第二次世界大戦前には当時の同盟国であったドイツ、イタリアより記念碑が寄贈されたのだそうな。
全体主義国家における理想的国民像として「白虎隊」は美談として扱われたようです。
 一転して戦後にはGHQにより破壊されましたが経緯を考えると、敗戦国として恭順が疑われたのだろうなあと思います。
参考:【都市探訪】福島県会津若松市 ~会津武士道・白虎隊の社会学(その1)~ – Suburban Way Of Life
 そんな時代的な影響を受けながら白虎隊は様々な描かれ方をしますが、現在白虎隊を描くと、どうしても現代の少年兵と比較されることになると思います。
 そんな状況にした政治を攻めたり、もっと大きな時代の流れのせいにするのは結果的に、少年兵を使うことが仕方が無かったという言い訳につながってしまい、かといって当時の人権や人命に対する教育の批判も浅はかになってしまいます。
 この状況で、八重の桜がどんな風に白虎隊を描くのかはとても興味深いです。