きれいは人によって違う

 人はみんな「きれい」の基準が違うんだなと最近やっと掴めました。
そのきっかけは家の掃除で、ぼくと妻とではきれいにしたい場所も、きれいであると感じる基準も違う事に気付いたからです。
 相手が「この状態はイヤだ」と思っていても自分は「問題ない」と思っていたりします。
相手の「この状態はイヤ」と「問題ない」を見比べても「全然変わってない」と感じる事も有ります。もちろんその反対も有ります。
 そんなとき「この状態がイヤというのは世間の常識なんだから知っていないあなたが悪い」なんて攻撃したり、「この状態がイヤ」を共感してもらえずに「空気読めない」「分かってくれない」とストレス溜めてる人が多いような気がしますがいずれもあまり良いように作用働きません。
 だから例えば自分にとって「この状態がイヤだ」と感じる状態を変えるのを妻に依頼する場合、「あなたにとっては全く問題ない状態なのかも知れないけれど、ぼくが快適に過ごすために協力して欲しい」という姿勢が良くて、自分にとっては「問題ない」と感じる状態を変えるように妻から依頼があった場合には「相手にとってはこの状態がイヤなんだな」という姿勢が良いわけです。