あなたの人生の物語が素晴らしいです(ネタバレあり)

 あなたの人生の物語は、テッド・チャンによるSF短編小説で、2017年に「メッセージ」というタイトル映画化され、現在ではAmazonプライムビデオで見ることが出来ます。

あなたの人生の物語

メッセージ (字幕版)

あなたの人生の物語の感想

大好きなところ

 産まれてくる子供が若くして自分より先に亡くなり、それをきっかけに自身も不幸になる未来を知ったとして、あなたはその子を産みますか?
…ぼくなりに要約すると、あなたの人生の物語でもっとも強いインパクトを感じたのがこの問であり、物語の結末で主人公は、産むことを決断します。
産まれる子供にしてみれば、自分が不幸になるのを知っていて産んだ親は無責任と感じるかも知れず、決断の是非は意見が分かれると思います。

 作品にはエイリアンが登場し、彼らとの交流によって主人公は未来を知る力を得ます。
 主人公が知った未来の描写は、唐突に物語に差し込まれる過去に子育てをしたことを回想するような文章で描かれており、初見時には過去を振り返っているように感じますが、実は未来を知る力を得たことで「未来の出来事を思い出している」というSF好きにはたまらない演出です。
…そして、その子育てをする文章の臨場感が素晴らしく、ぼくも自身の育児経験を懐かしく思い出していました。

 しかし、やがて未来に起こる子供との死別とそれによって起こる多くの辛い出来事が描かれます。
こんな設定の物語であれば、未来を知る力によって子供の死を回避する展開を想像しますが、この作品における未来を知る力ではそういったことは不可能なようです。

 主人公がそれでも子供を産む事を決断する理由は、はっきりと描かれておらず、人によって解釈が異なりますが、ぼくは、不幸な結末を知ると同時に産まれてきた子供と共に過ごす幸福さも知ったからだと思いました。
 我が子と共に過ごす幸福は、死別の哀しみよりも強い…というとても前向きで力強い考えとらえてます。

 現在のぼくは子供を産むという主人公の決断に強く共感するのですが、これは親として育児を経験する中で大きく変わったと感じます。
子育てをする前のぼくならば、主人公の決断に違和感を覚えましたが、今ならばその決断は尊いもの…問われれば即答出来る当然のものとすら感じます。

 …とはいえ、作中には主人公が感じ言語化した幸福についての描写はなく、臨場感溢れる育児描写からぼく自身の育児経験やその時に感じた幸福感を思い出しそう結論づけただけで、作品からの押しつけはなく読者は自由に決断の是非を考える事が出来ます。

 そういった演出のおかげで、(現在の)ぼくは共感しつつも、主人公の選択が、多くの人に共感される正しいことなのかは分からず、読者の意見も激しく分かれそうな結末になっています。
ぼくは、この結末の解釈の是非に揺さぶられ続けるのも、この作品の大きな魅力の一つであると感じます。

【2022年5月加筆】

 我が子が成長し、自らの強い意志で人生を過ごす姿を見るようになると、結末を知ったからといって無かったことにするという選択はあり得ないと、以前より強く感じるようになっています。

いま、会いにゆきますと似てる

 上記の展開は市川拓司による「いま、会いにゆきます」に似ています。
 こちらも、母親である秋穂 澪が未来に起こることを知ります。
そして、自身のある選択の結果、夫と産まれてくる子供と過ごす幸福な時間を得るが自分は早世するという結末を知っても、その選択を決断するという自己犠牲の展開があります。

 非常に難しく、勇敢さに感動する選択ですが、「あなたの人生の物語」の選択はさらに残酷です。
 自己犠牲の行動はある種の満足感と多くの人から賞賛されるのに対して、自分の判断で我が子が犠牲になるというのは、罪悪感と責任を背負うし多くの人から批判されるより厳しく残酷なものです。
…何よりも多くの親にとって、我が子の死は自身の死以上につらいものです。

いま、会いにゆきます (小学館文庫)
いま、会いにゆきます

映画版「メッセージ」の違い

 原作における未来を知る力は上記のように、全てを知ることで未来を受け入れるというものですが、映画版である「メッセージ」では、(主人公の子供が亡くなるいう未来は確定している一方)人類が未来を知る力によって世界の危機を回避させたり、エイリアンの目的が人類にこの力を与える事で3000年後の未来に救済してもらうことだったりと、未来を変える力に変更された…と感じました。

 その結果、主人公は物語の中では世界から賞賛される決断をした人となったと思います。
このシンプルさはぼくが求める魅力とは異なりますが、より臨場感があがる映画作品であることを思うと、これで良かったとも感じています。
 原作の結末には魅力と同時に精神的な苦しさも覚えており、正直原作ままの内容の映画だったら辛すぎて観られなかったと思いますが、メッセージは色々な変更のお陰で挫けずに最後まで見る事ができました。

何度か記事にしているがなんか不完全燃焼…今度こそ

メッセージやあなたの人生の物語については、何度か記事にしており、毎回ぼくにしては長々と書いているのですが、これまで不完全燃焼でした。
この作品は読み返す度に感動し、その点については書いたつもりですが、文書力が拙く上手く書けていないです。
特に自分が何に感動したのかに踏み込めていないのは納得いかず、今回改めて書いてますが…上手くできてるかな。(と言いつつ、この記事は何度も加筆修正しています)

「あなたの人生の物語」の最後の決断で思うこと(ネタバレあり) | Office Nakao

映画「メッセージ」の原作小説「あなたの人生の物語」を読みました(ネタバレあり) | Office Nakao

素晴らしい考察

作品全体に関わる考察は下記などが素晴らしいです。

「あなたの人生の物語(テッド・チャン著)」メモ(ネタバレ):メタ坊のブロマガ

岡田斗司夫ゼミ#180(2017.5)90%理解できる『メッセージ』の未来予知? いや、既来です。と表義文字が文字である理由~もう我慢できずに完全ネタバレ解説