「君たちはどう生きるか」を振り返る(ネタバレあり)

 7月14日より公開された、スタジオジブリ最新作の映画「君たちはどう生きるか」の考察動画などを、ぼちぼち見始めたのでちょっと振り返ってみたく思います。
初見時の感想?は下記にあげています。

宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか」観てきました | Office NaKao

どういう話だったのか

 作品を観たが意味が解らなかったという意見が多いようなので、解説記事とぼくの解釈を簡単にまとめてみました。

参考になった解説や考察

 下記ではかなり分かりやすく紹介されており、元ネタはジョン・コナリー著の『失われたものたちの本』(2006)という解説部分などは非常に参考になりました。

映画『君たちはどう生きるか』ネタバレ考察ラスト物語の本当の意味,青サギ解説!ジブリ新作

 ただ、初号試写での宮崎駿監督のコメント文にある「私自身、訳が分からない」という言葉から、ストーリーや比喩など全体的に辻褄はあっていない作品のようです。

「君たちはどう生きるか」宮崎駿監督が、新作映画について語っていたこと。そして吉野源三郎のこと(好書好日) – Yahoo!ニュース

 ジブリ作品の考察なら外せない岡田斗司夫さんも、整合性は取れてなさそうと意見されていたので、ある程度好きに解釈しても良いであろうと感じています。
…こちら、ネタバレなしで解説しハードルの高さを認めながらも見ることをお勧めしているので、見たいけどどうしようかなあと悩んでいる人にはお勧めです。

君たちはどう生きるか 見るか迷っているヒト見て惑っているヒト向けガイドライン 岡田斗司夫ゼミ#496(2023.7.16)

ぼくなりの解釈

 明確な正解はなさそうというこで自分の解釈を解説すると、
 主人公牧眞人は戦争で母親を失い、父親が再婚した母親の妹(叔母)と暮らすこととなるが、実母の死や新たな母親や新生活を受け入れられずにいた。
そんな眞人は、青サギに連れられ異世界に迷い込み、色々あって成長し、実母の死と新しい母親を受け入れ、仲良く暮らせるようになった。
…となります。非常にシンプルです。

 異世界は時間の概念が異なっており、眞人の母親久子が少女時代の姿でヒミと名乗り登場します。
異なった時間概念の影響か眞人が語ったのか、ヒミは自分が将来に結婚し眞人は授かるが戦争によって早世すること、その後に妹が夫と再婚することを知ります。
早世する人生は選択しない方が良いのでは?との眞人からの問いに、ヒミは眞人を授かる人生を即決し、眞人と同じくらいに愛している妹夏子の結婚を祝福します。
 それはヒミが、この先どう生きるかを決断しどう生きたかを肯定するシーンであり、間近で観た眞人は救われ過去と決別し未来を生きれるようになりました。
…というように、シーンを解釈すれば、シンプルながら説得力も十分にあります。

シーン数や尺の比率に混乱

 ただ久子との別れと眞人の成長と夏子との絆づくりなどシンプルでハッピーエンドな物語を描いたシーンは少なく尺(時間)も短いです。
一方で青サギやペリカンやインコや若いキリコといったキャラクターが活躍する、意味や意図が解らないシーンが沢山ありそれぞれ長い尺で描かれていました。
意味や意図が解らないながらも、シーンの多さや尺の長さから、おそらくは作品の真相に迫る部分なのだろうとアレコレ考えるのですが、理解出来ずに混乱しました。

 マルチルートのアドベンチャーゲームで、膨大な別ルートの複線が描かれるのだけれど、それらを回収しない真相に迫れない低難度の「夏子ルート」のみをクリアしたような印象でした。
見方によっては、キリコルートや大叔父ルートやヒミルートとなるのかなあ。

楽しくないのはやっぱり嫌です

 「娯楽的な面白さ楽しさは乏しい」という感想は以前書きましたが、どこか「意図や作品の方向性によっては仕方無い…かも知れない」と意見を保留していましたが、改めて振り返ると楽しいシーンが少ないのはやっぱり嫌です。
 ストーリーの辻褄が多少あやしかったり難解でも、楽しいシーンの量が勝ればむしろ嬉しいのですが、「君たちはどう生きるか」は楽しいシーンが少なく短かったです。
また、世界感や冒頭のシリアスな展開や序盤のシュールな笑いに乗るのが難しく、以降の笑いにも乗り損ね楽しめなかったのかも知れません。

楽しいと色々気にならなくなる

 意味が解らないことに悩んだり、キャラクターの意味が気になる理由も、楽しくないのが理由とも思います。
「千と千尋の神隠し」での、油屋やそこに登場する不思議なキャラクター達も、意味が解らない存在でしたが面白さに圧倒される内に楽しくなると、まあそういうものなんだなと受け入れることが出来ていました。

嫌悪感が気がかりになる

 難解と感じたり意味が気になるシーンが多いのは、嫌悪感の煽りも影響していると思います。
 主人公を筆頭に多くの登場人物は嫌な部分が強調され、起こる出来事でも嫌な側面が強く描かれています。
 例えば、眞人の父親が亡くなった久子(眞人の母)の妹の夏子と再婚するのも、当時(特に戦時中)にはよくあった(ぼくの祖父母も似た境遇)というフォローがないなど、意図的に嫌悪感を煽っています。

 そういう嫌悪の強調に注目すると、自分が叱責されているような居心地の悪さを覚えてしまいました。

 …ちなみに、嫌悪感を強調する演出も「千と千尋の神隠し」では良いスパイスとして機能していたのですが、それも圧倒的面白さがあってのことと思いました。

ジブリパレードもノれなかった

 歴代ジブリ作品を思い起こすような細々したシーンが描かれており、岡田斗司夫さんはそれらをジブリパレードと称されていました。
ああいったシーンがジブリファンにはたまらないという意見もありますが、「君たちはどう生きるか」の嫌悪感の強調や暗さや不安感を思うと楽しめる気分にはなれません。
 眞人が宮崎駿の若い頃を投影した存在で、異世界で観た風景や経験が後のジブリ作品に繋がる演出かもと期待しましたが、むしろ宮崎駿を投影した大叔父が作った世界の残滓っぽい皮肉さに見えると、楽しんではならないという警戒すら覚えました。

圧倒的に素晴らしい冒頭

 圧倒的に素晴らしかったのが、冒頭5分くらいの空襲のシーン。
ひたすらに圧倒的で、これのみで「君たちはどう生きるか」が素晴らしい作品と表したくなりますが、やはり短すぎるし連なるシーンも無かった感じました。

メタ視点で考えるなら母親、母性

 スタジオジブリの社屋をモーチフにした塔やら、群衆…所謂烏合の衆をモデルにしたペリカンやインコといった鳥たちなど、メタ視点で考えると面白そうな要素は色々ありますが、夏子ルートをたどったぼくとしては母親、母性について考えています。

宮崎駿作品における母親、母性とは

 「君たちはどう生きるか」では、眞人の失った母親久子を求める心情が非常に重要と感じていますが、作中で母親はヒミという少女の姿で活躍しています。
 唯一の可愛いキャラクターとしてヒミの特別さが際立つ一方で、眞人がどんな姿をした母親とのどういう関係や思い出を大切にしているのかは解りませんでした。
 まあ、宮崎駿監督は、安心し甘えを隠さずに母性の発散を描いているのは少女か老婆だけで、大人の女に対してはむしろ恐怖を描くのは、今回に限った話ではないのですが。

作品をまたいで想像する

 過去の作品やインタビューなどから宮崎駿監督は、母親や母性に対して強い思い入れがあることがうかがえますが、物語中では主人公と母親は簡単にあえない関係として描かれることが多いです。
 監督のお母様は難病で病床にあったそうで、彼にとって母親とはずっと「となりのトトロ」でサツキが語った「お母さん、死んじゃったらどうしよう」という存在であったのかもしれません。
そう考えると、「君たちはどう生きるか」での母親久子(ヒミ)の人生の肯定のシーンはとても感動的です。

 …余談ですが、監督のお母様は難病を患う一方で、「天空の城ラピュタ」のドーラのモデルにもなった豪快さもあったそうな。

宮崎駿の母親と山梨 | 山梨の方言「甲州弁」

 母性の描写に関しては、下記で紹介されている尾田栄一郎さんのコメントも参考になりました。

LOGPIECE(ワンピースブログ)〜シャボンディ諸島より配信中〜 尾田栄一郎「過去と未来をつなげて作ることを個性にしたのが、僕が描いている『ONE PIECE』」 【熱風(ジブリ)7月号】

総評するならば

 「君たちはどう生きるか」の評価ですが、絶賛している人と、酷評する人がレビューサイトなどで意見が真っ二つに分かれているそうです。

事前情報なしについて思うこと

 意見が大きく分かれる理由の一つが、あらすじや予告映像、キャスト、主題歌発表など事前情報が一切なしという広告戦略にあったと思います。
 一部では「風の谷のナウシカ2をやるのではないか?」などというぶっ飛んだものまであったそうな。

ジブリ新作映画『君たちはどう生きるか』事前情報なしで公開 異例のあらすじ&キャスト未発表のまま上映開始(オリコン) – Yahoo!ニュース

高畑勲監督作品ファンの評価が気になる

 様々な憶測が流れる中、ぼくは漠然と「高畑勲監督作品に似た雰囲気になる」とヤマを貼っていて、深いが面白くはない作品だろうと想像しており、割とその通りだったと感じました。
 ぼくが面白くないと感じる高畑勲監督作品を高く評価する人も多く、宮崎駿監督作品よりも好きという意見まであり、そういう人にとって「君たちはどう生きるか」がどうであったかは凄く気になります。

最後に言いたいこと

 今どきは自分にあわない映画を知らずに映画館で観てしまうことは結構な悲劇で、その回避に役立つ情報であるからこそ、映画のレビューではある程度の辛口批評が許容されていると思います。

 「君たちはどう生きるか」は色々と語れてしまう良作ですが、劇場視聴時は面白くない楽しくないという点がやはり気になります。
宮崎駿作品と言えば、金曜ロードショーなどでは安心して家族や友人を誘って行けると推されることも多く、事前宣伝無しでこの内容はなかなか厳しく、その点は伝えておきたいなと思いました。