ハウルの動く城についてまた少し考えました

 以前にすごく分かりやすい、ハウルの動く城の考察サイトがあって記事にしたりもしたのですが、先日の放送前に改めて確認しようとしたら無くなってて残念です。
その考察サイトで知った情報でハウルを見る上で大きなプラスになったのが、

「ソフィーは実は生命を吹き込むことができるという魔法が使える」
…後半のソフィーがキスしまくってどんどん問題も解決する流れに納得

「ソフィーは自分の言葉や気持ちによって自身が老婆になるという呪いをかけている」
「ハウルはそれに気づきその呪いを解こうとし続けていた」
…中盤以降でハウルが意固地なくらいソフィーの前で無理をする流れに納得

 これが分かるのは凄く大きく、また原作小説にはハッキリ書いてあるらしいのですが、なんで省略したのかなあ。
これらの情報ちょっと調べたら多くはWikipediaにも書かれてました。

ハウルの動く城 – Wikipedia

 その後、岡田斗司夫さんの解説も聞いて、改めて説明していない事の多さと、まあこの辺は自由に空想しながら見るのが良いのかなあと感じさせられました。

岡田斗司夫ゼミ#243(2018.8)ハウルの動く城、宮崎がこっそり仕込んだマゾ視点~ 幻の細田版コンテと『消されたハウル』のすべて

 ただ、自由な空想をする上でぼくが引っかかるのが、カブ=隣の国の王子と紹介されてから終戦までの流れの部分です。
あの辺のシーンは短い時間で大事なメッセージを物凄い軽いノリで立て続けにセリフで語る展開が続きいたたまれなくなります。その恥ずかしさは味と感じるのですが、カブと戦争とサリマンの思惑に関しては、強引さを覚えます。

 例えば、カブの呪いと戦争との関係や終戦方法をサリマンや荒れ地の魔女は知っている様子が描かれており、サリマンはカブの呪いに一枚噛んでいて、戦争を利用して敵である荒れ地の魔女を打倒し、ハウルを支配すべく狙っていたかも知れません。
 …崖の上のポニョなどでも、女の恐ろしさはエグく描かれており、サリマンの召使い(使い魔?)の少年が、変装したハウルに似ている点など、ヤバイ匂わしもあります。
 一方で超常的に有能な側面は制作者に変わって答合わせしてくれる存在にすら見えます。

 そんなサリマンが混乱する終盤に多くのキャラクターと共に、「このバカげた戦争を終わらせましょう」と語り出します。
 劇場での初見時には超越した格好良さを感じましたが、今見ると制作者による強引な幕引き宣言とも見えてしまい、不満を覚えてしまいます。

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